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加藤清正 |
2013年2月。ポリ連のお題「武器」で作成した作品。 清正の武器といえば片鎌鑓、ってことで。 先に鑓を作って、おまけ的に人物を添えればよかったんでしょうけど、ポージングとか先に考えてから絵作りしちゃったために ものすっごい時間がかかりました(汗) ほんとなら陣羽織を着せて、帝釈栗毛にまたがらせて・・・ってやりたいところですけども、 もちろんそんな根性は残っておりません(苦笑) 2月はぎっくり腰だの血栓症?だか血行障害だかでけっこう寝込んでしまっていたので、ここまでで精一杯ってとこっすね〜 年はとりたくないなあ・・・・ 加藤清正〜豊臣家臣。秀吉の血縁だが、正確な血縁関係はわからない。母の従妹の子、などの説がある。 若年時から秀吉に仕え、「賤ヶ岳七本鑓」のひとりとして名を馳せる。 天下統一後は北肥後25万石の領主に抜擢され、小西行長とともに慶長・文禄の役で先鋒となり、朝鮮で戦った。 この際小西行長、石田三成と著しい不和に陥り、秀吉没後の関が原合戦では、東軍として徳川家康に従った。 その後は豊臣家・徳川家の関係悪化に心を痛め、秀頼と家康の対面の場に秀頼の護衛として立ち会ったりもしている。 大坂冬の陣以前に急病のため死去。なお、加藤家は息子の忠広の代で改易になり、領国肥後を失った。 築城の名手として知られ、また領国の治水土木事業、殖産興業に力を尽くし、熊本では現代でも名君として敬われている。 朝鮮で人食いトラを退治した、という伝説があるが、実際に清正がトラと決闘したわけではないらしい。 ただ「トラ退治=加藤清正」のイメージはかなり早くから定着していたらしく、疫病(虎狼痢)よけのお札に清正の名前が 江戸時代を通してよく使われていたそうである。 |